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……正直、よくもここまで見事に当事者・関係者を無視し、騙したな、といっそ清々する。それが正直な気持だ。
おそらく、今もほとんどの当事者・関係者は、グランドデザイン案に沿って障害者福祉が2〜5年以内に根こそぎ変わってゆく事実を知らないし、知らされていない。行政は当事者とその家族に最低限必要な情報を伝えていないし、メディアも部分的にしか伝えていない。
どうみても、数年前から着々とグランドデザイン案が準備されていたのは、間違いない。
おそらく、デザイン案の作成に関わった一部の人々に、情報はほぼ独占されていた。今も肝心な部分は独占されている。
10月以降、矢継ぎ早に(小出しに)繰り出される厚生労働省の分厚い資料を読み込むのに精一杯で、しかも不透明に「見えなくされている」部分が多く、関係者や専門家が集まって資料集を読み込んでも、現実に福祉体制がどうなるのか、はっきりとは見えてこない。
支援者はともかく、肝心の当事者やその家族がいちばん必要な情報から置いてかれている。
ぼくも、基本的には「身体・知的障害の人の障害者ヘルパーの仕事に従事する立場」の人間として(この点はより公平な水準へ超えられねばならない)、厚生労働省の資料や、グランドデザイン案に関して各障害者団体が提出したステートメントなどを自分なりに読み込んだ。
ぼくのおおざっばな印象を言えば、「タイタニックみたいだな」。
(1)理念的には素晴らしいものをたしかにもっているなあ
(2)でも、今後はお金(財源)の問題が益々ロコツにシビアになってくるだろうなあ
(3)「福祉内格差」(利用者間/支援者間)が今まで以上にはっきりしてくるだろう・・・(グランドデザイン案には、ネオリベラルな意図がくっきり透けてみえる――既得権+市場原理+自己責任論)
ぼくは「福祉が聖域であるべき」とは基本的に考えない。
でも、福祉分野が、国家の「再分配」(弱者の生存保障を肯定する)の最後の砦であったことも確かだ。
それが、ネオリベラルの潮流と大海の中にじょじょに沈みゆこうとしている(具体的な資料分析は、次の便で列挙したい――)。
もちろん、「ひどい」「何とかしてくれ」「もっとお金を」と泣きつき要望ばかり重ねても仕方ない。「財源がないからしょうがない」の一言ではね返される。現実に変えるべきことを変えるための努力を続ける必要がある。しかし、リアリズム的認識を貫けば、ほとんど現状の流れに棹(さお)さすのは不可能に見えてしまう。せいぜい、部分的な修正・改善ていどが限界に見える。いや、それすら本当はどこまで可能か。関係者間の勉強会も提案もネットワーク化も蟷螂(とうろう)の斧なのか。認識のペシミズムを貫いた先で希望や明るいヴィジョンをひらけるのか。
(続きは近日中)
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