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そういえば

 投稿者:yanase@office  投稿日:2004年11月18日(木)15時03分59秒
  精神病理学でいわゆる『分裂病』に分類される症例が出現したのはここ150年くらいのことだそうですね。そして「統合失調症」と呼称が変わった現在、その症例も微妙に揺れ動いているそうです。

内海健氏に『分裂病の消滅』という本があります。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791760670/ref=ase_hbjp-22/250-3899930-6528254

関連サイト(ただ実際の症例と<精神病評論>は違いますから注意) http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/b/psych_schizo.html

内海氏の本への精神分析医のシビアな読解(PDF文書) http://anthropos.hss.shizuoka.ac.jp/shama/utsumiken.pdf

ラカン研究者の十川幸司氏にも内海氏の論をフーコーと絡めて
検討した論(「精神分析に公正であること」)があります。
(「現代思想 臨時増刊号 フーコー」2003.12)
http://www.seidosha.co.jp/siso/200312s/
 

エフェメーレ

 投稿者:早谷@実家  投稿日:2004年11月18日(木)00時54分46秒
  >杉田さん
 結局、文学フリマ参加できなくてすみませんでした(第三号に書くことは、大体決まった気がしてます)。
 
 二号に書かせてもらった、「他者と芸術」という論文についてですが、
 これを書いていた頃に、シュルレアリスムと意識の流れに代表される、人間の心理状態
の起源について色々と思い巡らしていました。

 そのことについては、もっとあとになってから書くつもりだけれど(エフェメーレの三号では書きません)、いつか文学の中の「思考奪取」のモティーフについて書きたいです。
 たとえば、詩人のパウル・ツェランは、ナチスの迫害が原因で精神分裂病を発症して
しまったのだし、アルトーの詩にも、ディックの小説にも「思考奪取」のモティーフは
出てきますが、「唯脳論」とインターネット流行りだと、思考が奪取されるというより、
それが環境化され、共有されているような「妄想」(として処理するほかない感覚)が
うまれてくる・・・というようなお話です。
 (今朝、朝日新聞を読んでいたら、サンプラザ中野が「インターネットは便利だから
脳に接続して使いたい」と言っていて、それを読んでの思いつきですが
 

(無題)

 投稿者:sugita  投稿日:2004年11月15日(月)12時01分27秒
   昨日は第三回文学フリマに参加しました。
 前回までの半分ほどの客の入りだったそうですが、予想以上に売れました。買って頂いた方々、ありがとうございました!
 青山ブックセンター(ABC)が倒産し、文学フリマの場所が秋葉原へ移った、というのはある意味象徴的な動向で、実際、客層も文学層からオタク層へゆるやかにシフトしている、という印象でした。
 

戦時下ノ日本

 投稿者:柳瀬@OFFICE  投稿日:2004年11月 9日(火)19時06分9秒
  なのにこのとてつもない事態。9・11のときも
イラク人質のときも実は驚きませんでしたが
こればかりは私の予測の範囲を超えました。
今の日本は未曾有の事態を迎えたようです
http://plaza.rakuten.co.jp/nonuno/diary/200411080000/
http://www.wdic.org/?word=%C5%C4%C2%E5%CB%A4+%3AWDIC
 

(無題)

 投稿者:sugita  投稿日:2004年11月 9日(火)18時33分21秒
  戦時下ノ日本

http://news.fs.biglobe.ne.jp/politics/tm041109-1069796.html
http://news.fs.biglobe.ne.jp/politics/tm041109-1069764.html
http://news.fs.biglobe.ne.jp/topics/32723.html
 

五十嵐太郎氏の『戦争と建築』を

 投稿者:柳瀬@OFFICE  投稿日:2004年11月 4日(木)14時29分23秒
  「10+1」WEBで書評した八束はじめ氏の文。
東ー笠井論争、および「スーパーフラット」にも触れていますが
なんとも回りくどい文章です。どうお読みになります?
http://tenplusone.inax.co.jp/review/monthly/index.html
 

本2冊

 投稿者:柳瀬@自宅  投稿日:2004年11月 2日(火)22時11分23秒
  「年報近代日本研究20」(1998)は「宮中 皇室と政治」特集です。
岩井克己さんの「平成流とは何か 宮中行事の定量的定性的分析の一試み」という論が
平成になってからの皇室の行事(御食事会、御茶会、御内奏)のあり方を分析しています。今上天皇の「振幅」とこの行事の変化、そしてもしかしたら後期資本主義の「フレキシビリテイ」はパラレルなのかもしれません。
「大航海45」(2003)は「近代天皇制特集」でした。光格天皇、近代皇后論など歴史的論文が多いですが大澤真幸さんと船曳建夫さんの対談「天皇のイメージ」が面白いです(船曳さんの「天皇制が廃止されるとき、国家は天皇家に私有財産を賠償しなければならないのか」という虚をつかれる発言、そして今上天皇が「半植民地的、あるいはまるまる植民地的だったかもしれない戦後の日本の、宗主国の教育を受けた王」「アメリカの問題の複雑さ」を読む発言。)。
 

天皇と戦争

 投稿者:松井  投稿日:2004年11月 2日(火)15時42分39秒
   森達也氏のエッセイはいずれ読んでみたいと思います(本屋でちらっと見ただけだけど、大塚英志氏も天皇を論じた文庫本の中で、「疎外された「天皇」を断念するために」という文章を書いてますね。これもいずれ読みたい)。「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(第四条)と憲法は規定していますが、天皇の公的な言動は、初めから「国政に関する」ものではない「国事行為」に限定されるという制約、あるいは(場合によっては)矛盾の内に置かれている。天皇の地位や役割自体が政治的な意味を帯びているのに、天皇個人が「国政に関する」政治的言動をしてはならないという。ではなぜ、日本国民は天皇にそんな無理な注文を押しつけてまで、天皇制を維持する必要があるのか。憲法がアメリカの押しつけであるなら、憲法で規定されている象徴天皇制もそうではないのか、というのが私の疑問です。

 天皇の存在や言動がなぜ「問題」になるかというと、やはり「戦争」の問題と深い関係があるからですね。昭和天皇の戦争責任という問題も、いまだに決着がついていない。ただ、今の人にとって気掛かりなのは、現在および将来の戦争にとって、天皇がどういう意味を担うのかということだと思う。昭和天皇そして今の天皇は、戦後の「平和と民主主義」のシンボルである限りで、一定の「国民的支持」を得てきた(昭和天皇については私は異論をもちますが)。今の天皇や皇族の活動も、福祉やスポーツ大会、環境や国際親善に関わる「儀式」に参加するという「平和的分野」で主に展開されている。しかし、日本が「アメリカの戦争」を支援する体制が法的に整備され、現にイラクへの自衛隊派遣が強行されている現在および今後、天皇の存在や言動を、「不幸」や「不安」の精神的な拠り所・支えとして、あるいは「戦死者」を意味づけるために利用しようとする動きは出てくるでしょう。教育の分野での「愛国心」の強調、「日の丸・君が代」強制は、そのための布石と考えられる。その場合、天皇が「国政に関する権能を有しない」ならば、「戦争による被害」を「天災による被害」と同列のようにみなして、慰労や哀悼の言葉をかけるほかないでしょう。しかし、内閣ははたして「その責任を負う」(第三条)のか。あるいは、誰が「戦争による被害」の「責任を負う」のか。
 

「最新流行」(青土社 1987)所収の

 投稿者:柳瀬@OFFICE  投稿日:2004年11月 1日(月)14時07分39秒
  四方田さんの文の題は「裕仁 あるいは落魄したアジアの皇帝について」(初出 文藝1986)です。その末尾の一節は
「天皇の映画の計画はここに終わる。
それは完成した暁には天皇制と同じ時間だけの長さをもったフィルム
となるだろう。観客はすべての日本人であり、映画館の座席は一つしかない。
それは画面を根拠付ける視線の、もとより空虚な起源の座であり、
同時に、日本と呼ばれる物語の中で登場人物のめいめいに
均質な内部を準備させてくれる、豪奢にして凡庸な繻子の椅子である。」
 

(無題)

 投稿者:杉田  投稿日:2004年11月 1日(月)13時57分49秒
   >松井さん

 ぼくは現今上天皇に関してろくに知らないけど、
 森達也さんのエッセイ「今上天皇の内なる葛藤」によると、
 彼はこれまで、公式の場で君が代を歌わなかったり、戦争責任やアジアへの侵略行為に踏み込んだ発言をしたり、二〇〇一年のワールドカップ日韓共催に関して触れながら「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると『続日本記』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と記者会見で公式に発言したり、拉致問題に関して唐突に新潟を訪問したり、皇居の周囲を(これも唐突に)一人で散歩したり……、色々な「葛藤」を伺わせる行動を重ねているそうです。
 数日前に出版された『世界が完全に思考停止する前に』に収められています。
 読んでみて下さい。
 
 
 

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